銀行から提出を求められた「経営改善計画書」の作成を、コンサルタントや税理士あるいは経理担当責任者任せにしている経営者が多いそうだけれど、それは実にもったいないことだと思う。
経営改善計画書を作成するためには、少なくとも自社直近三期分の財務諸表を分析し、収益を悪化させている「病の元」を探り出す必要がある。
「でも、俺、計数が苦手だからな。過去の決算書を分析したり、計画書を作成するなんて、そんな難しいことはできっこないよ」
みなさんそう仰るけれど、会社の経営と長年にわたり取り組んできた会社のトップは、例え計数がわからなくたって、収益を悪化させている「病の元」にきちんと気づいているはずなのだ。
「会社の社長が数字が分からないというのは謙遜だよ。数字が分からなければ会社の経営ができるはずがないじゃないか」
もう四十数年も昔の、亡父から会社を引き継いで間もなくのこと、運賃の値上げをしてもらうために、取引先の財務部長(取締役常務)を訪ねていったことがある。
亡父から引き継いだ会社は、関東以北に三十六店舗を有する一部上場の量販店(巨大スーパーDに吸収され、吸収したDも今はない)の専属運送会社だった。
当社にはその量販店の資本が30%入っていたので、メガバンクからの出向者である支店長経験者を、非常勤の代表取締役として迎え入れ、毎月一回開催される取締役会に出席してもらっていた。
当時のわたしはまだ計数管理をきちんと身につけていなかった。
量販店の本社を訪ね、財務部の応接室で、財務部長に運賃値上げの資料を検討してもらっていた席に顔を見せた支店長経験者が口をはさんできた。
「数字が分からない人間なんかに、値上げ交渉なんかできるはずがない」
わたしは、その言葉に、ヒヤッとした。
実をいうと、財務部長に提出した運賃値上げの資料は、中小企業診断士の資格をもつ大学院時代の後輩に作成してもらったものだった。
量販店との契約は定額運賃だった。
一店舗への配達が一台ですむのなら規定運賃のままでいいのだけれど、荷物が一台で収まらないときは、例え十数個であっても、もう一台トラックを出さなければならなくなる。そのことが定額運賃には見込まれていなかったことにわたしは気づいた。
毎日三十六店舗配達しているわけだから、たとえわずかな貨物量であっても、余分に三十六台分の経費がかかることになる。それが収益を悪くしていた原因だった。しかし定額運賃を倍に上げてもらうなんてことはできるはずもない。
いまのわたしなら、運賃値上げの資料を作成するごとぐらい自分の手で簡単にできるけれど、当時のわたくしにはそのことを数字で表して、財務部長に認めてもらえるだけの自信はまったくなかった。だから後輩の下宿を訪ねていって、作ってもらった。
値上げ資料から目を離した財務部長が、支店長経験者に顔を上げて言った。
「いや、若社長は、数字が分かっている。とても分かりやすい資料になっている」
支店長経験者は、疑い深い眼差しでわたし一瞥すると、首をかしげながら応接室から出ていった。きっと「値上げ資料」の作成を他の誰かに手伝ってもらったことを見抜いていたのだと思う。
しかしである。たとえわずかな荷物の量であっても、積み切れなかった荷物が残ればトラックを余分に出さなければならないから、それが不採算の原因になっていることを、社長として把握できていた。その説明にもとづいたからこそ、後輩は、値上げ資料をわかりやすく数字で説明できた。
そのことに気づいたわたしへのご褒美として、財務部長は、運賃値上げを満額認めてくれたのであった。
今のわたくしがあるのは、財務部長と資料作成を手伝ってくれた後輩、そして「数字が分からない人間なんかに、値上げ交渉なんかできるはずがない」と忌憚なくいってくれた支店長経験者のお陰である。
以下は某運送会社の決算資料である。
このひどい数字に、あなただったら、どんな「経営改善計画書」を立案しますか。
(ヒント) 財務諸指数・損益分岐点分析(変動費・固定費・利益目標)