何かをものにしようとするときに、必ずと言っていいほど立ちあらわれるのが大きな壁である。そしてその壁をやっとのことで乗り越えたと思ったら、またまた新たな壁が立ち現れる。
次々に現れてくるこれらの壁を腐らずに乗り越え続けていくことで、わたしたちは人間として進歩できる。もしこの試練を厭うていたなら、かってのわたしのように進歩は望めないし、また何もモノにすることはできないだろう。
さらに付け加えるなら、次々に立ち現れる壁を乗り越えたとしても、周囲を見渡すと、自分よりさらに先を行く人がいる。
100m競争で例えるなら、稽古に稽古を重ねて、その国でようやくトップになれたとしても、世界選手権でトップになれるのは、たったの一人。なにか空しいものがある。
でもそれだからこそ、わたしたちはさらにいっそうの努力して、より上を目指そうとする。
しかしただの怠け者でしかなかった若き日のわたしは、繰り返し繰り返し壁を乗り越えなければならない毎日が煩わしくてならず、世俗を離れて、仙人になりたいと願ったことがあった。
世捨て人になろうかと思っていたそのやさきに出合ったのが、芥川龍之介の短編小説『杜子春』であった。
…………洛陽の西の門の下でたたずむ、零落した金持ちの息子杜子春の前に、立ち現れた鉄冠子が、杜子春を二度にわたって大金持ちにした。
しかし世間とは冷たいもので、金がなくなると同時に、友人たちも彼のもとから消えていった。
「人間というものに愛想が尽きた」
富の獲得ではなく、己の魂の救済を願う杜子春を峨眉山に連れていき、鉄冠子は言う。
「いろいろな魔性が現れて、お前をたぶらかすとする。たとえどんなことが起ころうとも、決して声を出すのではないぞ、もし一言でも口をきいたら、お前は到底仙人にはなれないものだと覚悟しろ」
ひとり峨眉山の岩の上に残された杜子春の前に、神将が立ち現れる。
何を問われても黙然と口をつぐんだままの杜子春に、神将は激怒し、刺殺した。
地獄に落ちた杜子春が見たのは、かれの目の前で鞭打たれていた、痩せ馬の体をもち人間の顔をした母と父にであった。
叫びたくなる思いを押さえ、必死になって硬く目を閉じたままでいる杜子春の耳に、懐かしい母の声が聞こえてきた。
「心配をおしではない。わたしたちはどうなっても、お前さえ幸せになれるなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何と仰っても、言いたくないことは黙って御出で」
この母の言葉をきいたとたんに、鉄冠子との約束を破って、思わず「お母さん」と叫んでいた。その瞬間、杜子春は、前と同じように、洛陽の西の門の前にたたずんでいた。
『杜子春』を読んで、仙人になるのも容易ならざる技であることを知り、あれこれと考えず、たった一つだけのことに焦点を合わせて、何かをし遂げてみようと決心したのであった。
そしてとりあえず選んだのが、小説を書くことだった。
わたし太郎が75年もの人生を経て、水準は兎も角として会得できたものといえば、「管理会計」の知識と、書く稽古を重ね、四十代になって初めて応募したオール読物小説新人賞(文藝春秋社)で、一千五百人余の応募者の中から、二次予選通過者四十人に残れるまでの「文章力」を身につけることができたという、わずかに二つだけにすぎない。
経営者としては、亡父から預かった会社を、何度かの危機を乗り越えて、四十五年間ただ守り続けてきただけで終わってしまったことを、社員には本当に申し訳なく思っている。
「金銭欲がなさすぎるもの」
金沢の旧家で裕福な家に生まれ育ち、結婚する前までは、欲しいものは何でも買ってもらっていた妻がいう。
贅沢な生活に慣れ親しんだ妻には申し訳ないけれど、わたしはいい服が着たいわけでもないし、妻の手料理だけで十分だから、外食をしたいなどとも思わない。若い頃には毎年のように出かけた欧州旅行も、いまは興味がない。
書棚から昔読んだ本を取り出しては何回も読み返し、YouTubeで好きな音楽を聴き、気が向けば絵画鑑賞や藤沢周平や山本周五郎作品のビデヲを見る。
それだけでもう十分なのだ。
もうひとつやり続けてきたことがある。
時間があれば、机のわきに並べてある、会社設立以来の決算書を紐解いては、それこそ何十回となく繰り返し繰り返し、エクセルを使って、経営分析をし続けている。
そして分析する度に新しい発見があるので、じつに楽しい。
…………杜子春は鉄冠子に泰山の南のふもとに一軒の家を与えられた。
物語はそこで終わっている。
けれど、仙人になるのを諦めたわたし太郎は、杜子春は仙人になれた、と信じている。
きっと、洛陽の西の門の下にたたずんでいる、第二、第三の杜子春を、鉄冠子に代わって、いまでも、救い続けているに違いない。
経営改善計画作成から、またまたわき道にそれてしまった。
この頁でわたしが皆様に伝えたかったのは、管理会計を身につけるにはやはり壁を乗り越えるための結構な努力が必要になるという、ごく当たり前の、たったの一言だった。
下に添付しておいた、経営改善計画三年目の「計画」と「実績」から、皆さんは何を読み取ってくださるだろうか。
忘備録
資金収支表作成のための計算式
経常収入(A)= 売上高+営業外収益
―(期末売上債権―期首売上債権)
経常支出(B)=((売上原価+販売費)―減価償却費)
+(期末棚卸資産―期首棚卸資産))
―(期末仕入債務―期首仕入債務)
+(支払利息・割引料+その他の営業外費用)
経常収支(C)=(A)―(B)
固定資産関係収支(D)=△((期末固定資産―期首固定資産)
+減価償却費))
特別損益・その他の収支(E)=特別損益―法人税等引当額
―(期末その他流動資産―期首その他流動資産)
+(期末その他流動負債―期首その他流動負債)
+(期末その他固定負債―期首その他固定負債)
―(期末繰延資産―期首繰延資産)
財務収支(F)=(期末短期借入金―期首短期借入金)
+(期末割手・譲手―期首割手・譲手)
+(期末長期借入金―期首長期借入金)
総合収支(G)=(C)+(D)+(E)+(F)
経常収入(A)= 売上高+営業外収益
―(期末売上債権―期首売上債権)
経常支出(B)=((売上原価+販売費)―減価償却費)
+(期末棚卸資産―期首棚卸資産))
―(期末仕入債務―期首仕入債務)
+(支払利息・割引料+その他の営業外費用)
経常収支(C)=(A)―(B)
固定資産関係収支(D)=△((期末固定資産―期首固定資産)
+減価償却費))
特別損益・その他の収支(E)=特別損益―法人税等引当額
―(期末その他流動資産―期首その他流動資産)
+(期末その他流動負債―期首その他流動負債)
+(期末その他固定負債―期首その他固定負債)
―(期末繰延資産―期首繰延資産)
財務収支(F)=(期末短期借入金―期首短期借入金)
+(期末割手・譲手―期首割手・譲手)
+(期末長期借入金―期首長期借入金)
総合収支(G)=(C)+(D)+(E)+(F)