息子夫婦が見ていたテレビ番組で、「壁を乗り越えたら、またまた壁が現れた」といった内容のコ―マーシャルが流れていた。その言葉を耳にして思わず振り返ってテレビ画面を見たが、そのときは既に別のコマーシャルにかわっていた。
思い返せば、不肖わたし太郎は、立ち現れた「壁」から逃げてばかりいた。
でも逃げてもまた同じ壁が目の前に立ちはだかる。
高校時代に、そんな同じことを何度も繰り返していたわたしに、旧制中学の五年間を飛び級をしてわずか三年間で終えた、今は亡き母方の叔父が言う。
『壁というのは、できる人にしかやってこない。超えられる可能性がある人にしかやってこない。だから、壁がある時はチャンスだと思えばいい』
大リーグ・マリナーズのイチロー外野手が、叔父が言っていたのとそっくり同じ言葉を使っていたのを知ったときは本当に驚いた。
商店街の窓ガラスに映る自分の姿がひどく「醜く」見えたのは、駅まで叔父を送った帰り道でのことである。
面倒なことにぶつかると、いまでも逃げ出したくなる。でもそんなときはいつも、ショウウインドウに映った醜い自分の姿を思い浮かべてみる。
今回もそうだった。
キャッシュフロー計算書直接法の「精算表」を作成し、キャッシュフロー表を作ってみるのだけれど、精算表の「増減」と「修正」それぞれの「借方」と「貸方」の合計が一致しているのにも拘わらず、キャッシュフロー表で算出した「現預金勘定」と、実際の「現預金勘定」の増減額が一致してくれない。
この「精算表」の作成には、簿記の一級資格を有する人たちでも最初のうちは戸惑うらしい。ましてやわたしは簿記三級資格すら持っていない。
「壁が前に立ちはだかると逃げ出したくなる」という昔からの癖がまだ根強く体に沁みついていて、「俺には無理だ」と途中で何度も投げ出したくなった。
時間は瞬く間に過ぎ去っていき、「営業キャッシュフロー」・「投資キャッシュフロー」・「財務キャッシュフロー」の合計が、実際の「現預金勘定」と一致するのに、一週間余りもかかってしまった。
完成した計算式を使って別の月もやってみた。
どの月も一致する。
本当にうれしくて、思わず仏壇に向かって手を合わせた。
でもプロの目からすれば、まだまだおかしいところがあるのかもしれない。
さて今回の「前菜」は、中上健次の小説『岬』のプロット抽出です。
「部屋で、寝て、起きる。いまでもそうだった。やっかいなもの一切を、そぎ落としてしまいたかった。土方仕事から帰り、風呂に入り、飯を食い、寝る。起きて、顔を洗い、飯を食う。朝、日が入ってくるときは、いや雨が降らない限り、ちじみのシャッを着て、乗馬ズボンをはき、地下足袋に足を入れた。毎日毎日繰り返していることだった」
私の人生も今日まで、そしてこれから先の人生もきっと、事件が起きるまでの『岬』の主人公秋幸の人生と、まったく同じようなものかもしれない。
ここのような鈍なわたしごときものが、45年間もの長い間、よく会社をつぶすことなくこれたものだ、とわれながら感心している。
前にもこんな同じことを書きましたが、高校時代のわたしのあまりの成績の悪さに思い悩んだ、教育ママの走りであった亡き母が、占い師のところに相談でかけたときの回答が、「挫折はたくさん経験するでしょう。でも強運の持ち主ですから心配はいりません。放っておきなさい」。
商売はからきし下手。金儲けがまったくできない。
長い年月のうちには、誰でも知る大きなお客さんを獲得することはできたけれど、でもそれは「棚から牡丹餅」だったから、みずからが営業努力をして得たという満足感はなかった。
こんな程度でしかないわたくしが、亡父から預かった会社を、どうにかこうにか守り続けることができたのは、やはり強運の持ち主だったからなのかも知れない。
というわけでお待ちかねの本題。
損益計算書(52期5月実績)
貸借対照表(52期5月実績)
利益金処分案(52期5月実績)
精算表(52期5月実績
キャッシュフロー計算書直接法(52期5月実績)
次回は、52期6月実績を「キャッシュフロー計算書直接法」でトライしてみます。