社長からの依頼で、各部署の最高責任者に、「損益分岐点分析」を毎月の宿題として課し、「部課長会議」で発表する議題の一つとすることになった。
これに慌てたのは、作成を命じられた管理者たちである。
なにしろ前もって何の指導もなく、いきなりメールに、作成方法のモデルが添付されてきて、来月からさっそく社長あてに、作成した「損益分岐点分析」を提出するとともに、「部課長会議」で発表しろというのである。
社長は留守のことが多く、「質問」とか「疑問」はすべて、すでに引退して久しいわたしに届く。
嬉しく思ったのは、届いた「作成モデル」をただ眺めるだけでなく、過去の資料を机の引き出しから取り出し、社長の意向に応えるために、ただでさえ忙しいのにもかかわらず時間を捻出し、さっそく作成しはじめた、彼らの意気込みである。
彼らはみな、これまでも、新たな期が始まる前に、自分が管轄する部署の予算を提出してきた。
しかし、予算をいくら丁寧に読み解いても、管理者として次期に「何を課題としているのか」がまったく見えてこなかったのである。
要するに、前の期の数値に若干の手を加えて「作文」した、己の負担には決してならない、黙っていても達成できそうな、無難な予算しか作成せずに、提出してきただけに過ぎなかったのである。
チャレンジ精神がまったく見えてこなかったことに、社長の我慢の限界が超え、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのだった。
「仕入・外注費・経費」を「変動費(率)」・限界利益(率)」・「固定費(率)」に分解することで、「損益分岐点売上高」が割り出せるし、「目標利益」をあげるためには「売上高」・「変動費」・「固定費」それぞれに何をしなければならないかの「課題」が浮かび上がってくる。
社長は分かって欲しかったのはこれである。
「損益分岐点分析」さえを身につければ、終日、ただ現業のみにあくせくして過ごすのではなく、「達成目標を設定」することさえできるのである。
会社を経営するために不可欠な「計数(管理会計)」を身につけていない経営者が驚くほど多い。
これは内緒のことだが、「損益分岐点分析」は学ばなければならない「計数」のほんの一部分にしか過ぎないけれど、これだけでも会得しておけば、いま働いている会社がもし倒産したとしても、再就職のときに「付加価値が付」いて、高く雇ってもらうことができるだろう。
なにしろ、「営業」や「開発」は得意でも、「計数(管理会計)」を身につけていない、中小企業の経営者は山ほどいるのだ。
仮に知ってはいても、それは大学で学んだ「経済学」の教科書の範囲内にすぎず、実際に自社の「損益分岐点分析」を行っているのは、わたしの知る限りほとんどいない。
「どうしてもわからない問題があって、その解き方を誰かに説明してもらっただけじゃ、その時は納得できても、またすぐに忘れてしまうものなんだよね。自分のものになっていないんだ。だけど時間をたっぷりとかけて、苦労して解いた問題はまず忘れない」『学生街の殺人265頁』(東野圭吾)
もっとも、わたしのように、「計数」の勉強だけに夢中になって、会社を大きくできないまま任期を終えた、まったく役立たずの「経営者?」というのも珍しいかもしれない。