「昌さん元気になりました」。毛筆で元気よく書かれた一行の文面。
そして「睦子」の署名と、赤くべったり押された大きな印影。
奥さんからのはがきを見た妻は「おおらかな方のようね」とほほえんでいました。
四十代の半ばまで独り身で通していた君が突然の結婚、それも二十三歳の人と。
披露宴どころか式までも省略してしまうから、一体全体どんなお嫁さんをもらったのか、妻は気になっ(し)ていた。
正月七日の、奥さんからの電話には驚かせられました。
昌さんが半年以上も微熱がとれず、医者の診断では慢性肺炎かもしくは肺結核(というのですから)。
君の実家は北海道、奥さんは沖縄。
お二人が居を構える甲府市には頼れる知人のいるはずがない。
かといって大宮市に住む私たちができることには限度がある。
花粉は飲んでくれていますか。
肉が嫌い、寿司屋へ連れていけば注文するのはかっぱ巻きばかり。
身長は一メートル七十五あるのに体重といえば五十キロそこそこ。
そんな君にふさわしい完全栄養食品が花粉であると作家Mの本から知った父が、沼田市の養蜂業者から取り寄せたものです。
昌さんは女の子にもてた。
「和製アラン・ドロン」と騒がれ、「男小町」を自認する僕でさえ顔色なかった。
君がソルボンヌに留学したときにフランスまで追いかけた娘もいたっけ。
七年前、まだ助教授だった時に確かアメリカへ行ったよね。
だから僕はてっきり君が例のあれにかかったものと早合点をしてしまった。
今でこそ言うが、電話の向こうで声を震わせていた奥さんには悪いが、「ざまあみろ、たたりじゃ」と溜飲を下げていたのだ。
僕の部下に君と同じ時期に結婚した三十一歳の部下がいる。
どうも最近さえない。
だれでも新婚の時代は体調が崩れるようです。昌さんの場合はそれに多忙な四十代だものなおさらのこと……。
でも元気になってよかった。
蛇足―書道歴が二十年の妻は奥さんからのはがきを挑戦状とうけとりました。
講評(川村二郎先生:元朝日新聞論説委員)
大変なお友達がいらっしゃるのですね。
僕は文章を書くポイントの第一番に「特ダネを」と書きましたが、貴方の今回の特ダネは「昌さん」というお友達ですね。
失礼かも知れませんが、僕なら、どんなテーマが与えられてもこの「昌さん」をネタにしようとするでしょうね。
貴方自身、大変に自信を持ってお書きになったと思いますが、いかがですか。
しかしなんにしても、特ダネは強いですね。これに朱を入れるのはむずかしいです。